8 2011_11
こんな内容です
大地震発生

地震が発生したのは14時46分ころ。震源地は三陸沖の北緯38.1度。東経142.9度。宮城県牡鹿半島の東南東約130キロ付近であった。震源の深さは約24キロ、マグニチュードは当初8.8と発表されたが、13日に9.0と訂正。有史以来最大級のものだった。宮古市では茂市で震度5強を観測。市内各地や川井、田老地区でも5弱を観測した。これにより地盤沈下も発生した。本町付近で44センチ、磯鶏藤原埠頭で50センチ、津軽石第9地割付近で33センチも下がった。当時の天候は曇り。夕刻から気温も下がり、小雪が舞い始めた。地震が発生したその時の本誌編集部スタッフの状況は、一人は運転中で、「ハンドルを取られるような異常な感覚を感じた瞬間、激しい横揺れを感じた」。市役所6階にいた一人は「庁舎が今にも崩れそうな揺れ」で危険を感じ机の下に身を隠すほどだった。揺れは3分あまりも続いた。その時、持っていたボイスレコーダーでは「14時49分」の声が吹き込まれ、何度も揺れが襲っている状況が録音されている。ほどなくして停電となるが、後の記録を見ると約16,000件が停電という大規模なものだった。このうち約4,000件が津波で流失したものだ。

大津波来襲

15時26分に襲った津波は、沿岸部にある町を壊滅的な状況に追い込んだ。その地域はすでに皆周知であるとおり田老や崎山、鍬ヶ崎、藤原、磯鶏、高浜、金浜、津軽石、赤前、白浜、重茂地区など多くの地域がその波に飲み込まれ無惨な姿になった。この津波から逃げ遅れた人も少なくなかった。2日前の9日午前11時45分に三陸沖を震源とするマグニチュード7.3、宮古の震度は4の地震があった。この時に津波は高さ30センチであった。このため今度も「大きな津波はこないだろう」とたかをくくって逃げない人もいたと聞く。また海沿いの道路を車で走行中に犠牲になった人もいる。防潮堤に海の視界を遮られていたことも判断を遅らせていたようだ。9月2日現在の人的被害は死者525人、このうち認定死亡者は107人である。行方不明者は26人、負傷者は33人。住居等の被害状況は、全壊、半壊、一部破損、床上浸水、床下浸水を会わせ、宮古地区2,996件、鍬ヶ崎地区815件、崎山地区195件、津軽石地区962件、重茂地区136件、田老地区1.830件、合計6,934件となっている。