こんな内容です
特別号総集編発行について

2011年3月11日の東日本大震災大津波からまもなく1年を迎える。
この未曾有の大災害に言葉を失いながらも、
本誌ではこの1年間の惨状を伝えてきた。
特別号をはじめとし不定期ながらもなんとか発刊し、
この宮古の惨状をつぶさに記録してきた。
この津波惨状は、ふるさとの文化を伝え残していくタウン誌としても、
後世までも語り継いで行かなければならない歴史でもある。
今号では特別号として、これまで1年間特集してきた
この惨状を再度、総集編としてまとめた。
ふるさとの惨状に目を覆い、犠牲となった尊い命に涙し、
心が痛む思いであったが、
今一度、現実を受け止めていかなければならない。
私たちは決してあの日、あの時のことを忘れてはならない。
あの日のことを伝えながら、復興に向けての確かな
一歩を踏み出していかなければならない。
それは遠く長い道のりであっても、私たちは夢と希望を失わず
前を向いて歩いて行く。
そのための資料として残していきたい。

3月11日、15時26分、津波最大波到達

3月11日。宮古のまちは何の変哲もない朝を迎え、人々はいつも昼下がりを迎えていた。そんないつもの平和な地方都市の午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の大地震が発生。震度5強の激しい長い揺れに誰もが不安になった。市内各所の防災無線からは大津波警報が発せられ、その約40分後想像を絶する大津波が押し寄せた。津波は船や漁業資材を巻き込み5.2メートルの防波堤を越して市街地に流れ込んだ。津波はまちをのみ込み多くの財産を奪い尊い人命も奪った。
  平和な宮古の昼下がりは一変し、ヘドロと瓦礫、水没自動車が散乱するどん底の地獄絵図に変貌していた