こんな内容です
鍬ヶ崎思い出散歩

昨年の3月11日に発生した東日本大震災で鍬ヶ崎は大きく被災した。押し寄せた大津波は船舶を陸に押し上げ、鍬ヶ崎は一瞬にして破壊された。壊れた家屋は約半年あまりで撤去され今はコンクリートの基礎部分だけが残される。古い家屋が軒を並べ入り組んだ路地や坂が迷路のようだった鍬ヶ崎は鍬ヶ崎小学校まで見渡せる何もない空間となり誰もがその狭さと距離感に戸惑いを覚える。かつては華やかな芸者や半玉が闊歩した遊郭街だった上町、数え切れないほどのサンマ船が数珠つなぎになって鼻面を並べた魚市場岸壁も今は昔。何もない通りを歩けば被災前の家々が幻のように蘇るとともに、こんなに海が近かったんだと改めて実感する。今月はそんな今はなき鍬ヶ崎の何気ない日常を撮った写真で大好きな鍬ヶ崎の歴史を再認識する。

アイラブ・鍬ヶ崎、だがねんす

津波で大きく被災した鍬ヶ崎。今はもう魚の汁で汚れた道も、入り組んだ合子町(アウェーコ町)も夢の彼方に消え去った。蛸ノ浜の日和見台の丘からヤマセの海霧が入り込みどんよりと肌寒いあの日も、おくまん様の神輿を船に乗せて御崎様を参詣したあの日も遠い昔。そう言えば上町あたりには粋な芸者が端唄を唄い、沖の建網が大大漁…、そんな昔もあったとか。今、鍬ヶ崎が積み上げた歴史は壊れてしまったけれど、やっぱり、アイラブ、鍬ヶ崎、だがねんす。