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特集‘箪01/アポルタージュ 宮古海戦 PART02
宮古海戦や箱館海戦史に名を残した海軍兵士の多くは、日本海軍発祥の地、長崎海軍伝習所(安政2年1855開所)出身や、そのゆかりの士たちが敵、味方に別れて外国製の艦船で戦った。長崎海軍伝習所は学課が組織的で蒸気船による実習があり、従来日本になかった三角法、対数計算、物理、天文天測、地理、測量、砲術、航海術などが行われた。ここから多くの逸材が生まれ、それら人物から薫陶を受けたのが東郷平八郎や、甲賀源吾などであった。今月は海戦にかかわった幕末の雄たちとその秘話に迫る。
特集Field Report 鬼米内沢初夏の滝めぐり

明治の頃、盛岡〜宮古間を結んだ盛宮馬車が達曽部から大峠を経て平津戸・門馬まで至る区間は相当な難所であった。昭和初期になり馬車から自動車へと変わった盛宮自動車の事故もこの区間に集中しており、近世になってから鉄道施設が不備であった時期に茂市〜盛岡間を結んだ現在の106急行バスの前進であった乗合バスも平津戸に営業所を置いて事故や故障に備えていた。藩政時代は達曽部の大淵から鬼米内沢に入り沢沿いに登り1000m弱の峠を越えて平津戸の小吉部沢に出るルートが閉伊川街道だったようだ。今回はこの達曽部大淵から閉伊川支流・鬼米内沢を歩く初夏の滝見トレッキングだ。