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2011.3.11 記憶の断片

3月11日。宮古のまちは何の変哲もない朝を迎え、人々はいつもの昼下がりを迎えていた。そんないつもの平和な地方都市の午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の大地震が発生。震度5強の激しい長い揺れに誰もが不安になった。市内各所の防災無線からは大津波警報が発せられ、その約40分後想像を絶する大津波が押し寄せた。津波は船や漁業資材を巻き込み防潮堤を乗り越えて市街地に流れ込んだ。津波はまちをのみ込み多くの財産を奪い尊い人命も奪った。平和な宮古の昼下がりは一変し、ヘドロと瓦礫、水没自動車が散乱するどん底の地獄絵図に変貌していた。

あの日を境に私たちの試練がはじまった

2011年3月11日の東日本大震災大津波から3年を経過した。あの惨状は語り尽くしても語り尽きせぬほどで、未だ被災地はあの時の傷を抱えたまま、人々の時間も止まったままでいる。本誌では発災以来、この宮古の現実をつぶさに記録してきた。2011年4月の特別号を皮切りに、毎号、被災地の現状を残すべく現地に足を運び、多くの市民から寄せられた写真、記録、声なども掲載してきた。人々は牙をむいて襲いかかる津波に心震え、ふるさとの変わり果てた姿に目を覆い、犠牲となった尊い命に涙してきた。これらは、本誌が震災以来、掲載してきた数々の記録から抜粋したものである。このまちが辿ったありのままのふるさとの記録である。心痛む思いではあるが、私たちは後世に語り継いでいかなければならない。復興に向けて確かな一歩を踏み出していくための歴史のひとつでもある。まちは今、多くの人々の努力によって日々変化を見せ、復旧・復興の足音が聞こえてきている。それは長い道のりかもしれないが、明日への希望と夢を失わずに前に進んでいかなければならない。そのためにもこの惨状を風化させてはならない。あの日、あの時のことを忘れてはならないふるさとの記録でもある。